2017年5月15日月曜日

霧の夜のぼうけん

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昨日の夜中、お風呂上りにのどが渇いたわたしたちは、まるで悪いことする子供のようにわくわくしながら、近く(遠く)の自販機まで、ジュースを買いに出た。

午前3時の村は、もちろん誰も歩いていない。ぽつんぽつんと灯る外灯。足元で、カエルやトカゲがかさこそと音を立てる。
自販機だけが、燦然と光っている。大きな缶のオレンジジュースを選んで買って、帰り道はうまいうまいと交互に飲みながら帰ってきた。




明日も外に仕事に行かなくてはいけない、ということだったら、こんな時間にこんなことはけっしてできないだろう。
収入は多くなくても、これ以上のぜいたくがあるとは思えない……130円の缶ジュースがこんなにおいしいと知ったのも、こちらに来てからだった。

水分をたっぷり含んだ夜風が脇の下をするりと抜けていった。


昼過ぎに起きて、とりあえず朝昼兼用のペペロンチーノをわしわしと食べて、牛乳がない!と騒ぐ井上と、歩いて新宮まで買い物に行く。
今日も、暖かく暑すぎない最高の一日。
まっすぐ最短距離を行けば、1時間と40分くらいで新宮の入り口近くのオークワまで行けることもわかった。でも、ちょっと遠回りだけれど、歩きやすくて、ぐねぐねと谷のあいだをゆく道のほうが、歩いていて気持ちがいいんだよね。

工事中の熊野川の河口には、まるでシロサギのような旗が、水面に何本も突き出ていた。

牛乳や卵など、簡単に買い物をして、となりのTSUTAYAで本を座り読み(立ち読み用の椅子が完備されている)。
うーん、なんだか最近の本であんまり読みたいのがみつからない。実用書もあんまり中身がないし、センセーショナルなタイトルに惹かれて手にとっても、中身は今までネットなどでどこでも読めるつまらないものだったりする。多くの自己啓発本はコンソメスープの上澄みを水道水で割ったみたいだ。眠くなってくると同時に、足が歩き疲れていたことを思い出したように重くなってきた。

本屋を出て、バス停へむかう。帰りのバスのなかからみた夕暮れは、水分の多い空に反射して薄いベージュとオレンジとピンクのグラデーションになって空を染めていた。
まだ背の低い田んぼに、そっくりそのまま写し取られて、上と下に同じいろの層ができる。
酔わないように遠くのほうをぼんやりと見つめていると、鳥がぎこちなく稲をまたぎながら、泥の中の虫をついばんでいた。

帰った後、ふたりして頭痛に倒れ、しばし寝る。
起きたら、PCのデータダウンロードが終わっていた。早っ。前回は1か月かかったことが、二日で終わってしまった。6年間でPCがいかに進化したのかがよくわかる結果。
PCの成長に、わたしは全くついていけてない感じ。それを使うわたしの実力がそう変わるわけでもなし。

二度寝して、金縛りとなる。猫が、顔の上に載ってきたり、手や顔をひどくひっかかれたり噛みつかれたりするイメージ付き。夢のようなもののくせにものすごく痛い。
やっとこさ動けるようになり、冷や汗をかいて飛び起きると、こちょねがすやすやと足元で寝息を立てていた。

※以前、コメントくださっていたものをずっと気づかずに放置してしまいました…。
見ていらっしゃるかわかりませんが、いまさらながらお返事書かせていただいています。
せっかく、コメントくださったのにごめんなさい。



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