2016年10月20日木曜日

みかん、佐野食堂、ちいさなことのつみかさね

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旅の途中。バイクで海沿いを岬に向けて走っていた気がする。右手には断崖絶壁で青い海。左側には、おだやかに波打つような丘陵地帯が、のどかな農地となって延々と続く。



井上が、海の写真を撮ろうとバイクをはしに寄せて、夢中になっている間、わたしは畑の方を見ていた。
ぽこぽこと作り物みたいに太ったキャベツが、なだらかな地面に沿って弧を描きながら、広い広い畑を埋めている。晴れた空と、キャベツのうすみどりと、黒いような赤いような土のコントラストは、何か現代アートみたいだった。

そのキャベツ畑に、ひとがひとり、背中を丸めてしゃがみこんで、何かしている。わたしから見たその背中は、ぽつんとした小さな点で、膨大なキャベツに埋もれるように、でも確かにそこにあってもぞもぞと動いている。おじさんの丸くなった背中。何年も、きっとああしてキャベツを世話して、つくって、出荷して、生きているひと。

それは、つまんない言い方をするのなら、「とうとい」という感じがした。その日々の繰り返しとか、美しくて多くの人に手に取られるキャベツをつくるために、今日も過去もこれからも、あのおじさんはああして地にぐっと近づいて、生活していくんだと思った。

それまで、わたしは、無農薬で多品目、みたいな農業にばかり興味があって、むしろ慣行農業にはどこか偏見さえあったかもしれない。でもあのおじさんのぽつんとした背中を見たとき、こうやってみなが求める野菜をこつこつと作りつづけるひとがいてはじめて、わたしたちは日々ごはんを食べていけるのだということを実感してしまった。


田舎に越してきて、目につくのは、特産品のみかん畑。

オレンジロードと呼ばれるみかん農園の密集地帯をバイクで走りながら、わたしはみかんの木のみどりと、果実の黄色やオレンジに、強く心が惹かれた。見るたびに、キャベツ畑でのじーんとした気持ちが、思い出の中に横たわっているのを感じた。
だから、みかん農園でのアルバイトを見つけた時には、すぐに飛びついたというわけ。

ブログの更新もほっぽって、わたしはアルバイトに精を出していた。
みかんを採り、分けて、箱詰めする。
みかんの仕事は、本当に楽しい。虫もいるし、腐ったみかんもあるし、いのしし臭い現場にもあたったけど、それは意外なほど、全然苦にならなかった。

そうやって半月ほど働いて、今日、お給料をいただきました。
約5万円を手渡しされて、うきうきして、井上とふたり、ごはんを食べに、新宮まで。

先日行ってすっかりはまってしまった、スーパーセンターの敷地にある新宮佐野食堂へ。よくあるチェーンのおかずを一品一品選んで定食を自分で組んで食べられるお店。
料理は、まぁチェーン店だしふつうにおいしいという感じなのだけど、たとえば大根おろしとか、おくらのねばねばとか、味付けせずにそのまま置いてあって、自分でおしょうゆで味をつけられるのも良いし、お魚や揚げ物はちゃんと注文してから焼いたり揚げたりしてくれる。紅ショウガいりの卵焼きをふたりではんぶんこするのも乙。

そして、バイトのおばちゃんたちが、すごく良いのだ。大学生の子どもさんがいるくらいの地元のおばちゃんたちが、なつっこく笑って注文をとって、ごはんを仕上げてくれる。マニュアルを超えたところのあったかさが、チェーン店なのにあって、それがすんごくおいしい。
「ごちそうさまでした」と言うと、ちゃんと「自分の作った料理に対してのごちそうさま」として受け入れてくれる感じだ。だから、相手もわたしたちもとてもうれしい気持ちになる。

今月末の結婚記念日も、ぜひホテルやレストランより、佐野食堂に行きたいわたしたち。


井上とふたりでいるとわたしたちはまるでこどものようで、あまり夫婦のようにしていないかも。めずらしいテレビにくぎ付けになり、くだらないことばっかり言って笑って、井上がセルフサービスのおちゃを汲んできてくれるのにもいちいち笑わせてくるから、わたしはずっとゆるゆるとしあわせな気持ちだった。

おなかいっぱいで、そこをつきた食材を買って、家路につく。

帰ってから、はなさんとこに、みかんのおすそわけを持って行く。ビニール袋にみかんを詰めて、夕方のしっとりした空気の中を自転車で漕ぎ出した。空気の抜けたタイヤを前に進めるために、汗がうっすらと浮いてくる。

きんもくせいが満開で、田舎道はずっときんもくせいのにおい。
強くなったり弱くなったりしながら、ずっとつづいている。こういうにおいみたいなものは、強く記憶と結びついてしまい、いつのまにか、きんもくせいのにおいが「夕方のにおい」としてわたしに定着してしまう。

部活終わりの黒く日に焼けた中学生が、「こんちは」とすれ違い際にあいさつしてくれる。都会暮らしが長かったわたしに、それはこそばゆく、とてもうれしい。「こんちは」と無駄に元気に返事して、体が勝手に立ちこぎになった。


こちらに引っ越してきてから気がつけば4か月経っていて、ちいさなことがちゃんとじぶんのなかにつみかさなっていくのを感じる。
そういう暮らしが、わたしはきっと、ずっとしたかったんだと思う。




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